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「馬鹿」の故事とビジネスパーソンの身の処し方

「馬鹿」という言葉は、もちろんあまり良い言葉ではありませんね。私も「馬鹿」と言われれば、通常は良い気分はしません。今回のメルマガは、最近の風潮を見ていて、この「馬鹿」の語源となる故事を思い出したので、そのことを書くことにしました。

「馬鹿」という言葉にはいくつか語源があるようですが、私は、中国の古典の史記に出てくる次のような話を思い起こします。

「秦の2代皇帝 胡亥の時代、権力をふるった宦官の趙高は謀反を企み、廷臣のうち自分の味方と敵を判別するため一策を案じた。彼は宮中に鹿を曳いてこさせ『珍しい馬が手に入りました』と皇帝に献じた。皇帝は『これは鹿ではないのか』と尋ねたが、趙高が左右の廷臣に『これは馬に相違あるまい?』と聞くと、彼を恐れる者は馬と言い、彼を恐れぬ気骨のある者は鹿と答えた。趙高は後で、鹿と答えた者をすべて殺したという。」(「ウイキペディア」より引用。)

つまり、権力を持った者が、その権力者を恐れる者に対して、「鹿を馬」と言わせたことが「馬鹿」の語源だということなのです。(諸説あります)

最近、この故事を思い出したのは、安倍首相の憲法改正案に関して、自民党の幹部が「そういう考え方もあるのかと感心した」とのコメントをしていたからです。憲法第9条に3項を加えることで憲法を改正しようということについてです。私は、北朝鮮の脅威や自衛隊のこれまでの存在や貢献を考えれば、憲法を改正することにやぶさかではありませんが、それでも、十分な議論もすることなく、お調子者がおべんちゃらを言うのを見ると辟易します。権力者におもねるお調子者ばかりが政権の中枢にいる状況で、憲法改正を進められるのかと思うと、恐怖感さえ覚えます。まともな議論がされずに憲法改正の発議がなされる可能性があるからです。

もちろん、「加計問題」、「森友問題」、「都議選の惨敗」など、このところの支持率急落を考えれば、簡単には憲法改正議論はできない状況となりつつありますが、いずれにしても、権力者におもねるのは、古今東西よくあることなのでしょう。

仕事柄、これまで多くの会社の取締役会などの会議に、社外役員や顧問などとして出席してきました。そこでもカリスマ経営者の前では、同じようなことが起こりがちです。立場上、自分自身も注意しなければといつも思っています。『論語』に「人に忠告するのをためらってはいけない。しかし、辱められることなかれ」とあります。私は、いつもそのスタンスです。忠告はするが、それを先方が聞かず、こちらが辱められることがあれば、さっさと辞めるのが自分のスタンスだと思っています。

しかし、私の場合は、非常勤の役員や顧問ですから、辞めることができるのですが、普通のビジネスパースンではそれは難しいかもしれませんね。力のある上司ににらまれたら、秦の時代のように命までは取られないものの、出世もあきらめざるを得ないかもしれないからです。そういった意味では、他社に転職できるくらいの実力を普段からつけておくということが、正論を言えて「馬鹿」にならないための大前提かもしれませんね。

【小宮 一慶(こみや かずよし) 】
経営コンサルタント。株式会社小宮コンサルタンツ代表取締役会長CEO。十数社の非常勤取締役や監査役、顧問、名古屋大学客員教授。
フィールドでの実践をもとに、企業規模、業種を問わず、幅広く経営コンサルティング活動を行う一方、年百回以上の講演を行う。新聞・雑誌、テレビ等の執筆・出演も数多くこなす。著書130冊超、累計発行部数350万部以上。

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