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ロンドン、パリを訪問して思ったこと・・・「美」を学ぶとはどういうことか


28名のお客さまとともに、今回の海外視察ツアーでロンドンとパリを訪問してきました。メインテーマは「美的感覚を磨く」ということでした。定番のコースですが、大英博物館、ルーブル美術館、オルセー美術館、ベルサイユ宮殿などを見学しました。台風19号の影響でパリ発の飛行機が飛ばなかったので、私は帰国が一日遅れましたが(そのため大阪のテレビ出演ができませんでしたが)、その分パリを楽しもうと思い、私と同じ飛行機に乗る予定だった方たちとモネの睡蓮の絵で有名なオランジェリー美術館や火災にあったノートルダム寺院なども追加で見学しました。




「美的感覚を磨く」ということをテーマにしたと述べましたが、そのことについて少し説明しましょう。今、一部のビジネスパーソンの間では、美的感覚を高めるということが少しブームになっています。私は、そのことは「学ぶ」、それも「多くの人が美しいということ」を「学ぶ」ということだと考えています。




もう少し深くお話をしますと、今の時代はSNSが発達し、またGoogleなどのおかげで、これまでの時代になかったくらいの膨大な情報が手元に入ってきます。そして、その情報量が多すぎて論理的思考だけでは多くのことを判断するのが難しくなってきていることも事実です。そうしたときに必要になるのが「直観力」です。西洋哲学では「真善美」ということが言われますが、その「真善美」の直観力を鍛えることが重要なのです。「真」と「善」の直観力もとても大切なのですが、美的感覚を養うことも、その「真善」に対する直観力を鍛えること同様にとても大切だと私は思っています。




一部の方は美的感覚を磨くのを「教養」のためという説明をされますが、私は少し違った解釈をしています。どういうことかというと、「美」というのも、絶対的概念ではなく各人の感性に依存する部分が大きいと思います。人によって美醜の基準は違いますし、違ってしかるべきだと私は考えています。この際に、「多くの人が美しい」ということを理解する能力が必要なのです。自分の感覚とは別に、多くの人が「美」というものは何なのかを知ることです。そのためには、多くの人が美しいというものをたくさん見て、それにより、多くの人の美的感覚を理解することが重要なのではないでしょうか。つまり、「学ぶ」ということです。




これは、ビジネスや人生において、「善」なるものが何かと言われたときに、やはり「絶対善」というものはなく、多くの人が長い間「善」だと信じてきたものを理解するプロセスと似ていると私は考えています。ですから、私は、私のセミナーに参加するお客さまたちに「何千年もの間、多くの人が正しいと言ってきたこと」、すなわち儒教や仏教、あるはキリスト教などの考え方を学んでくださいとお願いしているのです。




「美」も「善」もそういった意味で「学び」が必要です。学ばなければ分からないのです。もちろん、美にしろ善にしろ個人の基準次第だと思いますし、多くの人が美、あるいは善というものに迎合する必要はありませんが、多くの人が共通に美と感じ善と信じるものを十分に理解することが大切だと思うのです。ただ、それが絶対だというわけではなく、それを学んだ上で、さらなる美や善を考えることが大切ではないでしょうか。もちろん、十分に理解した上ならそれらを否定することもできるでしょう。




いずれにしろ、素直に謙虚に「学ぶ」ということが大切ですね。

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